2014/04/16

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詩人の墓/谷川俊太郎

  ー前略ー
ある日ひとりの娘がたずねてきた
詩を読んで男にあってみたくなったのだ
男はひと目で娘が好きになって
すぐにすらすらと詩を書いて娘に捧げた
それを読むと娘はなんとも言えない気持になった
悲しいんだか嬉しいんだか分からない
夜空の星を手でかきむしりたい
生まれる前にもどってしまいたい
こんなのは人間の気持じゃない
神様の気持でなきゃ悪魔の気持ちだと娘は思った
男はそよかぜのように娘にキスした
詩が好きなのか男が好きなのか娘には分からなかった
その日から娘は男と暮らすようになった
娘が朝ご飯を作ると男は朝ご飯の詩を書いた
野苺を摘んでくると野苺の詩を書いた
裸になるとその美しさを詩に書いた
娘は男が詩人であることが誇らしかった
畑を耕すよりも機械を作るよりも
宝石を売るよりも王様であるよりも
詩を書くことはすばらしいと娘は思った
だがときおり娘は寂しかった
大事にしていた皿を割ったとき
男はちっとも怒らずに優しく慰めてくれた
嬉しかったが物足りなかった
娘が家に残してきた祖母の話しをすると
男はぽろぽろ涙をこぼした
でもあくる日にはもうそのことを忘れていた
なんだか変だと娘は思った
けれど娘は幸せだった
いつまでも男といっしょにいたいと願った
そう囁くと男は娘を抱きしめた
目は娘を見ずに宙を見つめていた
男はいつもひとりで詩を書いた
友達はいなかった
詩を書いていないとき
男はとても退屈そうだった
男はひとつも花の名前を知らなかった
それなのにいくつもいくつも花の詩を書いた
お礼に花の種をたくさんもらった
娘は庭で花を育てた
ある夕暮れ娘はわけもなく悲しくなって
男にすがっておんおん泣いた
その場で男は涙をたたえる詩を書いた
娘はそれを破り捨てた
男は悲しそうな顔をした
その顔を見ていっそう烈しく泣きながら娘は叫んだ
「何か言って詩じゃないことを
なんでもいいから私に言って!」
男は黙ってうつむいていた
「言うことは何もないのね
あなたって人はからっぽなのよ
なにもかもあなたを通りすぎて行くだけ」
「いまここだけにぼくは生きている」男は言った
「昨日も明日もぼくにはないんだ
この世は豊かすぎるから美しすぎるから
何もないところをぼくは夢見る」
娘は男をこぶしでたたいた
何度も何度も力いっぱい
すると男のからだが透き通ってきた
心臓も脳も腸も空気のように見えなくなった
そのむこうに町が見えた
かくれんぼする子どもたちが見えた
抱き合っている恋人たちが見えた
鍋をかき回す母親が見えた
酔っぱらっている役人が見えた
鋸で木を切っている大工が見えた
咳こんでいるじいさんが見えた
倒れかかった墓が見えた
その墓のかたわらに
気がつくとひとりぼっちで娘は立っていた
昔ながらの青空がひろがっていた
墓には言葉はなにひとつ刻まれていなかった
                   詩人の墓 /谷川俊太郎